スローモーション

♪　砂の上　刻むステップ　ほんの一人遊び　♪♪

 

 

 

1982年5月1日に発売された中森明菜のデビュー曲『スローモーション』の歌いだしである。

 

人間は突発的に危険な状況に陥った際に周囲がスローモーションで見えるという。

「タキサイキア現象」と呼ばれ、交通事故に遭遇したり高所からの落下時に発生する事があると確認されている。

 

 

 

私の人生でこれまで数回この「タキサイキア現象」を経験している。

今から35年ほど前、一人で自家用車を運転していた際、信号で止まっていたところへ後ろから車がつっこんできた。

ハンドブレーキが引いてあったにも関わらず、ぶつけられた衝撃で私の車は、突然尻をつつかれたカエルのような不器用さで跳びだし、前の車に激突した。

 

この時『タキサイキア現象』が起きた。

衝突の衝撃でシートから浮き上がった埃の粒子がキラキラと輝く濃厚な空気の中を、ダッシュボードからゆっくりと浮かび上がったティッシュの箱が後部座席の方へと飛行してゆく様を目で追った。

 

私の車にオカマを掘られた車の運転席と助手席のドアが、ほぼ同時に勢いよく開いたかと思うと、自らの怒りを鼓舞するように肩を怒らせながら、運転席の男性がこちらを凝視しながら近づいてきた。

 

しかしその男性は、衝突の際に魂が体から抜け出てしまったように呆然としている私を発見するのと、その後ろにフロントのひしゃげた車が申し訳なさそうに止まっているのをほぼ同時も発見したようで、俄かに同情するような視線を私に投げかけた後、改めて肩をそびやかせ私の車の横を猛然と通り過ぎ、背後の車の運転席を目指した。

 

ようやく魂が降臨した私は、きしむ車のドアを開け、多勢に無勢となった加害者の元に行き事情を聴くことにしたが、どうやら足がつってしまったのだという。
現場は神奈川県警第二機動隊の目の前だったのですぐに警官が駆け付けてきてくれたが、足がつったという話はあまり信用していない様子だった。
車軸を損傷した私の車は、道路脇によけるにも一苦労という様子で車体を揺すりながらしか進めなくなり、その後廃車となってしまった。　アーメン