私が中学生の時に師事した教諭が他界されたと言う訃報に触れた。享年96歳であったと言う。我々の前で教鞭を執られていたのは40年ほど前になるので、師は当時、今の私と同じような歳回りであったと計り知ることができる。
私の通っていた中学校は男子校であった。今思えば『男子校』等と言う時点でジェンダーバイアスにまみれた多様性の低い教育環境であったと思う。当時を思い出そうとすると、長い間洗濯もせずにロッカーの中に捏ねてあった体操着を彷彿とさせるような、直接手では触りたくないカビとも埃ともつかない匂いと、不衛生で不健全であった精神状態の記憶が、静電気で手にへばりつく透明なフィルムのようにまとわりついてくる。そうしたぬめぬめとした裏地をもろともせずに、えいっと翻してみると、実に愉快で爽快であった友人たちとの記憶が蘇ってくる。
この度他界の報に触れることとなった教諭は、歴史を教えていた。恐らく一等最初の授業の時だっとおもうのだが、「さてこれから君たちにいい事を教えるからよく聞いておくように」といった顔で我々を見まわしたかと思うと、徐に背を向け黒板に白いチョークで『温故知新』と書いて再び振り返った。さて君たちこの言葉の意味を知っているか?実際にそう聞かれたかどうか、記憶は定かではないが、『古きを温め、新しきを知る、これこそが歴史から学ぶべきことだ』と確かそのような事をいっていた。以来『温故知新』という言葉は鮮明に私の記憶に残っている。
また、生活習慣についてもいろいろと指導を与えてくれた。『四角い床を丸く掃くな』。これもまた一つ一つの仕事を丁寧に行うべきであるという、もっともな教えである。
もう一つ、鮮明に覚えているのは、『朝起きたら布団を畳む』という件。目が覚めたら、まず布団の端をもち、手と足を使って左右の半分に折る。そして、起き上がる時に上下半分に折る。こうすればただ起き上がるだけで布団を四つに畳むことができるのだと教えてくれた。小柄な体躯を駆使してそのように身振りで示すその様は、中学生であった当時の私にはひどく滑稽に見えたのだが、今にして思えば『生活習慣の大事さ』を説いていたのだと思う。
加藤昌二先生のご冥福をお祈り申し上げます。
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