お泊り

EAT

先日NHK BSのドキュメンタリーでコロナ禍を耐え忍ぶ野毛の飲食店の経営者の話をリリー・フランキーの語りで放送していた。番組で見た時にはネオンの明かりも人通りもなく、宵の口とも夜明け前とも見分けがつかない閑散とした街並みが、じっと息をせずに獲物が来るのを待ち構える飢えた猛禽のような緊張感と共に映し出されていた。

そんなセンベロの街『野毛』でお取引様との懇親会を催したのだが、街並みはまるでテーマパークのようなネオンにつつまれ完全に復活していた。店のとば口から次々とかかるお誘いの声をかき分けながらお目当ての店『新京』に到着。まるで我々7名が来るために作ったようなぴったりサイズの店の奥の座敷にすっぽりと納まり、お値打ち感たっぷりのつまみに舌鼓を打ちつつ、杯を重ねた。

このお店は10時で営業終了。閉店だと言われ長尻を引き剥がされるようにして店を出た。ここで帰宅すれば良かったのだが、1名の脱落者を出しながらカラオケ店に飛び込んだ。実際には帰りが恐ろしくなるほど急な階段を登って入店したのだが、誰一人帰りの心配などせず、剥がされた尻の置き場の事ばかり考えていた。店に入るとお取引先様同士で勝手に社内パワハラに勤しんだり、隣の客にちょっかいを出したりと不穏な宴となった為、やはり帰った方が良かったかなどと思ったが、自分の歌の順番が廻ってくると周りの事は気にならなくなる。

さていよいよ終電と言う事になり、転げる様に店を出て駅に向かった。各自めいめいに帰巣本能の赴くママ電車に乗り込んだのだが、横浜で電車を乗り換えるときにどうやら私の帰巣本能は著しい錯誤をしていたらしい。ふと電車の中で気がつくと、到着したのはなにやら見覚えのある駅ではあるが、ようやく酔が醒めた帰巣本能が、『家からは遠のいている』とささやいている。

弾ける様に席から立ち上がり降り立ったのは茅ヶ崎駅のホーム。一年半ほど前に住んでいた場所である。改札に向かうと『本日の上り列車は全て終電』との事。オールアウトである。これはホテルに泊まるしかないと改札を出てトボトボと階段を歩いていると、さっきまで一緒に飲んでいた同僚がいる。そういえば彼は茅ヶ崎に住んでいるだな、などとぼんやり考えながら、お互いに目を合わせてから少しの間があった。『なんでこんなところにいるのか?』と質問されたがどう答えて良いかわからず首を傾げた私を見て、彼も首を傾げる。

その何とも言えない刹那の後、どうやら電車を乗り間違えてしまった事、もう終電がないのでホテルに泊まる事にした事などを説明した。彼はすぐにスマホで予約を入れ、ホテルの入口まで案内してくれた。実に『イイヤツ』である。俄に嬉しくなったので、『飲みにゆくか?』と誘ったが、丁重にお断りされた。『冷静なイイヤツ』である。そんな訳で昨晩はお泊りとなり、ほぼ始発で帰宅したのである。

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